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挙動不審の僕を見兼ねてか、小鳥遊は言った。
「探しても見えない。あれは呼ぶ声だけだから。……鳳君、私に聞きたい事たくさんあるんでしょう?」
小鳥遊が手にしている花束が風に揺られ、白い菊の花弁が一枚ふわりと空に舞った。
今このタイミングで?小鳥遊の意図を推し量ろうとするも、一ミリも分からなかった。
――時間稼ぎ、か?
「そりゃあね。それなら……"しきたり"って何なの?どうして浅見さんは死んだの?昨日、同じ部活だった双木さんて人に話を聞きに行ったんだ。彼女が言っていたんだどうしようも出来ないと。それってどういう……」
はっと気づいて我に返る。
冷静に会話しようと心に決めていたが、考えが纏まらない内に予定外の問い掛けがされたものだから、息を吸う時間も惜しく、矢継ぎ早に質問を投げ掛けてしまった。
申し訳無く思いつつ小鳥遊の様子を窺う。
「やっぱり聞いてないんだ。……知りたい?」
これまた予定外の問い掛け。
試す様な上目遣いに、目を逸らす事が出来なかった。僕の知的好奇心が酷く暴れている事をきっと彼女は知っている。
――そして知ってしまったら戻れない事も知っている。
「……知りたい。自ら毒沼に足を突っ込んでるんだろうなって分かってる。それでも知りたいんだ――」
小鳥遊の目に応えるように、強い意志で見つめ返した。
どれくらいだろうか。暫く見つめ合ったまま、小鳥遊は目を細め少し悲しそうな顔をして言った。
「……そう。それなら、浅見花鳥を襲った理不尽な死に纏わる哀れな町の運命を話そうか――」
「お願いするよ」
生唾を飲み込んだ。自分でも酷く緊張しているのが分かる。
――キィー!ギー!ギー……!
遮る様に鳴き叫ぶ見えないコゲラ達。
その断末魔の叫びに似た声に呼応して、どんどん霧が深くなっていく。自分の足元さえも霞んでしまう程に。
「小鳥遊さん?」
不意に目の前の小鳥遊が闇の中に消えてしまいそうな錯覚に陥り、僕は無意識に彼女の名を呼んだ。
「……」
耳を澄ましても返答は無い。本当に消えてしまったのか。
僕は思わず一歩踏み出していた。
左足の薄汚れた白のスニーカーが辻の中に入る。すると、吹き続けていた生温い風がピタリと止んだ。
漸く見えた朧気な小鳥遊が、零れそうな程大きく目を見開いて、小さな唇に似合わない大声を上げた。
「……駄目!……逃……げ……!」
いつの間にか辺りは完全に濃霧に包まれていて、小鳥遊の声は重い水蒸気の壁に吸い込まれて消えた。
時折耳に入るノイズにこめかみを押さえつつ、目を凝らして小鳥遊の姿を探してみるが、異常に広がる霧の中に今度こそ消えた。
――コゲラの鳴く声が一瞬で消え失せた。
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