229人が本棚に入れています
本棚に追加
***
ノイズが消えた。鳥の鳴き声も消えた。小鳥遊の姿も消えた――。
ふと気がつくと、僕は今と変わらぬ場所に立っていた。踏み出した足の位置も正確。相変わらずの濃霧だが、先程よりはまだ見える。
この大きな違和感を除いて――。
――ビュッ……ヒュ……。
突如、空を切る音が鳴った。
咄嗟に薄闇の空を仰いでも、この深い霧では空の色さえまともに見えなかった。
完全に意識が途切れる前……途切れたのかさえ不明だが、コーヒーカップを限界まで回した時のあの気持ち悪さが僕を襲った。
思わず目を閉じて、次に目を開いたらこの有様だ。
記憶を辿る間に目が慣れ、僕は強く瞬きをしてみた。
改めて辻を見渡すと、虫の羽音さえしない恐ろしい程の静寂が場を支配していた。……何かが違う。言うなれば……、
――見慣れた町の、見慣れぬ景色。
目の前にやはり小鳥遊の姿は無く、僕一人だけがいる。そして切り取られた時間の様に音が消えた町の中。
そういえば『コゲラが呼ぶ声』と小鳥遊は言っていた。呼ぶとはどういう意味なのか。加えてコゲラの姿を探していた僕に「探しても見えない」とも。
駄目だ。ここで突っ立っていても始まらない。
……とにかく小鳥遊を探す事が先決だ。僕は全神経を研ぎ澄まさせて、冷たい霧の中に飛び込んだ。幸いこの辺りは何度も散策した為、視界不良でも迷わず歩を進める事が出来た。
少し歩くだけで、身体の熱が奪われる。
小鳥遊がいた方の道をひたすら進んでいたが、やはり彼女の姿は見つける事が出来ずにいた。このまま先に進めば町唯一の墓地だが、直前の言動を見るにそこに行ったとは考えにくい。
本来ならば汗をかいていても不思議ではない気温なのだが、水蒸気の粒一つ一つが鋭い冷気を纏っていた。
――それは最早、痛みであった。
最初のコメントを投稿しよう!