Prologue

1/9
前へ
/311ページ
次へ

Prologue

 見慣れた景色の見慣れぬ町を、一人の少女が髪を振り乱しながら走り抜ける。  濃霧に包まれた住宅街をすり抜けるように、暗い路地裏を選んで迷わず進む。  少女は立ち止まる訳にはいかなかった。振り返ってはいけなかった。振り返れば――、『アレ』がいる。 ***  薄暮(はくぼ)の異様な町の中を走り続け、ようやく丘の上の学校へ辿り着いた時、少女は髪が顔に張り付く程汗をかき、擦り剥けた膝から流れ出る血は既に乾いて赤黒い跡を残していた。  錆び付いて銀の塗料が剥がれ落ちた学校の門には、同じく酸性雨に晒されて溶けかかった金属が垂れる『公立朝霧中学校』のプレートが掲げられている。  滑りの悪い門を手汗で滑る手で必死にこじ開け、花壇を抜けた横にある校庭へ向かう。  静寂の校庭を横切り、裏山の方へ一気に駆け抜けようとした――、  ――ビシャッ!ズチッ……グチュ!  不快な音が鼓膜を震わせた直後、少女は勢い余って身体を引き()りながら冷たい地面に崩折(くずお)れた。  倒れた姿勢のまま鋭い痛みに(うめ)く。左脇腹に猛烈な熱を感じ、擦り傷で血濡れの左手をそっと脇腹に当てた。  グチュリ……と不快な音がそこから鳴っている。着ていたセーラー服の上質な布の感触ではなく、ハンバーグの種を()ねる様な生肉の柔らかさが(てのひら)に伝わる。  赤く染まる脳内に警告音が鳴り響いている。  少女は恐ろしく重い頭でゆっくり視線を動かした――、
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加