Chapter 1 「嚆矢《こうし》」

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Chapter 1 「嚆矢《こうし》」

*April 24th  ――十五歳の春、葉桜が新緑の季節を告げる頃。僕、鳳優一(おおとりゆういち)は不安で胸が押し潰されそうになっていた。  つい三日程前に引っ越したばかりの見知らぬ町で新生活を始めなければならない事、ゴールデンウィーク前の中途半端な時期に転入する事……尽きぬ不安に溜息ばかりが漏れる。  転勤族の父親を持つ僕は、既に幼稚園を一回、小学校を三回転校し、引っ越しには慣れたものだった。  本来は四月の一週目――新学期に合わせて転入する予定だったのが、僕の方が体調を崩してしまい、四月も終わりの二十五日に先延ばしてもらったのだ。  明日が初登校日――。  幾度となく経験したシチュエーションだが、やはり慣れないものでここ数日は眠りが浅い。初めて町に来た時はまだ緊張していなかったのだが……自分の繊細な神経にはほとほと嫌気が差していた。  だるい身体に鞭打って午前中に残っていた荷解きを終わらせ、午後は町を散策することにした。引っ越し初日から片付けているのに、大量の本を棚に並べる事がこんなに時間がかかるとは思わなかった。  ちなみに、父さんは隣町にある職場へ挨拶回りに行っている。一通り引っ越し挨拶も済ませた今、僕は見慣れない部屋で一人、暇を持て余していた。  暫くの間は空を見上げたり読書に(ふけ)っていたのだが……どうも面白く無い。  新築マンションの殺風景な部屋にいても退屈なので、学校までの通学路を確認しようか。せっかく遮光カーテンから漏れる光と空が鮮やかなのに勿体無いと思った。  ……実のところ、迷子になって転校初日に遅刻という最悪の事態だけは(まぬが)れたかったというのが本音だが。 ***  さっそく戸締まりをしてエレベーターホールへ向かった。  平日の真昼に子供が歩いていたら補導されるかもしれないと思い、念の為黒いキャップを目深(まぶか)に被る。  一階のやたら豪勢なエントランスホールを足早に抜け、オートロック式の自動ドアを開けた。部屋もオートロックなのに随分心配症なマンションだな。僕みたいに。  この町で唯一のデザイナーズマンションらしいが、特に興味も無い僕からすればただの鉄筋コンクリートの(かたまり)でしかなかった。  その重苦しいコンクリートの(おり)から解放されて、降り注ぐ穏やかな日差しに深く息を吸ってみる。肺に染み入る空気が澄んでいて、東京の排気ガスで汚れた空気に慣れている僕は思わず感嘆(かんたん)した。  さて、今度の学校はどんなものか――。  この町に来てから学校の方はまだ一度も行っていない。  先程までの不安は何処(いずこ)へ、未開の地へ(おもむ)く探検家の気分で町へ繰り出した。
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