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Chapter 3 「思惑《おもわく》」
*May 15th
窓から見る朝霧町はいつもと変わらない風景を僕の瞳に映していた。
白一色の病室は視覚から入る情報が少ない為、窓の外を眺める事は思いの外面白かった。逆を言えばそれしかする事がないのだ。
絶対安静を言い渡されている身としては、無理をしてこれ以上退屈な入院生活を長引かせたくなかった。学校にも行きたいし。
あの不思議な出来事の後、満身創痍の僕は小鳥遊が呼んでくれた救急車で運ばれ即入院となった。
意識が朦朧としていた事もありあまりよく覚えていないが、完全に眠りに落ちる前の意識と無意識の狭間で、準備をする救急隊員の間に佇んでいた小鳥遊の驚きと苦悩に満ちた複雑な表情が頭にこびり付いていた。
開け放たれた窓から入る風に乗って、花瓶に飾られたカラフルなチューリップの香りが鼻腔を掠める。
今日までの十二日間の入院生活の間に、何人か見舞いに来てくれた。一昨日は日向とマツケン。昨日はスミスミと天野。
ミニテーブルに飾られたチューリップは日向がくれた物だ。彼女は用意周到で花瓶も持って来てくれていた。その辺は非常に助かった。男の二人暮らしで花瓶など無かったから。
一つ気になるとしたら、天野の話だ。
「はぁ……」
誰もいない病室に漏れた僕の溜息は、風に乗って何処か遠くへ消えた。
昨日、ここを訪れたスミスミと天野の話が頭の中をぐるぐると回っている。
順調に回復していた僕は、天野に聞きたい事が数え切れない程あったので、ここぞとばかりに質問を投げ掛けたのだ。
***
「じゃあ、一階の売店で何か買ってくるね」
ふわりと微笑んだいつも通りのスミスミが、病室の重たい扉を開けて出て行った。
そう仕向けたのは他でも無い天野だった。
わざわざスミスミに雑誌を買いに行かせて僕と二人きりの時間を作った天野。中途半端に意図が読めるが故に、気まずい雰囲気が漂う中、先に沈黙を破ったのは天野だった。
「……命に別状は無いって聞いた。良かったね――"贄にならずに済んで"」
屋上で目覚めた時に小鳥遊にも言われた言葉。
"贄"って何なんだ?……転校初日から感じていた事だが、妙にここの人達は何もかも曖昧にしたがる。それが僕の好奇心を駆り立てている事は事実だが。
「天野さん。前から聞こうと思ってたんだけど……天野神社の巫女様なら知ってるよね?――浅見さんの"本当の死因"について」
僕の言葉を聞いた天野が微かに眉を顰めた。珍しく感情を顕にしていると思っていたら、すぐに人形の顔に戻ってしまった。
図星だと思った。というより、その話をする為にスミスミに席を外してもらったのだろう。
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