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Chapter 2 「誘引《ゆういん》」
*April 30th
何もない天井を見つめて何が楽しいのか、僕にも分からなかった。
窓の外は灰色。昨夜から降り続く雨が町を濡らしていた。
次の日はきっと濃霧だろう。
朝霧町の名に相応しく、この町の朝は山から降りてくる水蒸気によって朝霧が発生する。
特にする事も無かった僕は、自室のベッドで読書に興じていた。ホラー小説を好んで読んでいるが、なかなか手が進まない。
町に巣食う死神、か――。
現実に起こり得るサイコパスホラーならまだしも、この町に巣食う得体の知れない恐怖に抗う術など無かった。ましてやそれをこの町の人がこぞって隠そうとするものだから尚更。
夜の学校を舞台にした殺人事件。こんな本を今読むのは気が滅入るだけだ。
今日は父親は仕事で不在。部活に所属していない僕は、学校が休みの日に特にする事も無い。
それに小鳥遊の話を聞いてから、"一人"でいる事に敏感になった。三玉川での話も相まって何気無い事件事故のニュースにも、心臓が跳ねるようになった。
小鳥遊は僕も同じ目に合う可能性がある事を示唆していたから、余計に落ち着かない。
「……なんだかなぁ」
呟いた声は一人にしては広すぎる部屋の壁に吸い込まれて消えた。とっくに集中力は切れていて、開いたページをただ眺めているだけだった。
気晴らしに外の空気でも吸おうか。
流石に退屈なので、雨だが出掛ける事にする。そういえば、この間図書館に行ったものの結局大して見る事は出来なかった。
ちなみに天野から貰ったあの『朝霧町風土史』は本棚に収容した。たまに部屋に入ってくる父さんに余計な詮索をされないよう、全く読まない小学生用の百科事典の影に隠す様に置いてある。
思い立ったが吉日。素早く支度をして戸締まりをする。
よく傘を忘れる父さんは雨の度にビニール傘を買ってくる。だから家の傘立てには一回程度しか使用されていないであろうビニール傘が大量にある。
その中の一本を適当に取って、重厚な玄関の扉を閉めた。
***
――雨の匂いは嫌いじゃない。
東京では濡れたコンクリートの嫌な匂いしかしなかったが、自然が多いこの町では濡れた草や土の匂いが広がっていた。
普段は陽の光で鮮やかに染まる緑は、恵みの雨に歓喜しているかの様だ。
図書館までの道程は学校に行く事より近い。道中で美味しそうな焼き鳥屋の匂いに釣られながら、新品同然のビニール傘を差して踵をあまり上げずに歩く。
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