カラの話

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最後に兄をまともに見たのはいつだったか。覚えているのはまだ大人の思惑も、自分達の立場もよくわかっていなかった頃だ。同じように習いはじめて日も浅いはずの剣術で、それでも全くホルに勝てず、泣きながら強くなる強くなりたいホルの一番になりたいとわめくカラの手を取り、カラがそう言ってくれるから自分は負けられないのだと言って優しく笑ったホルを、ぐずぐずべそをかきながら見つめ返した事があった。あのとき、不意になんの意味もなく自分はホルの一番なのだと信じられて、あっさり機嫌が治った自分を今思うと現金なものだと失笑せずにはいられない。幼かった頃、ホルの瞳の中で自分はホルの一番だとのんきに信じていた、かつての自分がうらやましい。 今の自分ときたら。 カラに歩み寄ったホルが、うつむくカラの顔を覗き込むようにひざまずいた。 上から声をかけられるものとばかり思っていたカラは、驚いて後ずさろうとしたが、その手をホルがすかさず握る。 困惑と混乱で声が出ないカラをよそに、ホルが静かな落ち着いた低い声でカラの名を呼んだ。 「わかっています」 憐れまれながら自分の処分を言うホルの言葉を聞きたく無いカラは、咄嗟にみなまで言ってくれるなと訴えるように答えた。下から自分を見上げるホルの視線から逃げようと顔を背けるカラを、驚いてホルが見つめる気配がした。ホルの腹心達もホルがつけたカラの補佐も驚き、小さなどよめきが起きた。カラの女官達も、部屋の奥から出てきてこちらを伺っているようだ。 不意に、カラの手を掴んでいるホルの手が離れた。逃がすまいとしていた手があっさり引いたことで、どうしたのかとカラがホルを見下ろすと、ホルはその巨躯を妙に縮こませながら、花も恥じらう乙女のように顔を両手で覆っている。あとなんか妙に体が赤かった。 ちょっと見たことないホルの姿に、カラが最高に動揺していると、それまで静かだったホルの腹心達が拳を握ってホルに声をかけてきた。     
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