とける君、とけない贖罪

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君はいつも、俺の前でやさしい笑顔を見せてくれた。 その代わり、絶対に触れることはしない。 触れることもできない。 ただずっと、笑顔で、俺の歌を聴いてくれる。 手が届くようで、届かない場所にいて、君はずっと俺の歌に合わせて身体を揺らしながら、時々指をゆらゆらと宙に浮かべて、動かして遊ぶ。 俺には全然見えないけれど、あの子の目の前には鍵盤があるらしい。 例えるなら、360度ぐるりと彼を取り囲む、二段積み上げのシンセサイザーブース。 よくわかりもしないであちこちのボタンを触りまくって、自由に面白い音を奏でては無邪気に笑い、鍵盤を滑るように泳いで渡っていく。そんな彼が奏でる音楽は、いつも俺の頭の中で四六時中流れている。ただ、他の人には聴こえないみたいだ。 俺のためだけに開かれる、ソロライブのよう。ほんのちょっとした優越感に浸れる。 そこで俺は、好きなように声をあげて、そのメロディに歌を乗せる。 歌詞なんかあったり、なかったり。紡ぐ言葉はいつも適当だ。 けれどその時に見せてくれるあの子の笑顔は本当に眩しくて、楽しそうで、こっちまで釣られて口角があがってしまう。楽しくなって、歌う声に力が入る。添える右手に、熱がこもる。 二人だけで楽しむコンサートは、いつでもどこででも、二人出会えたその時、その場で自由に開催された。 告知なんてない。 もちろん、ライブのチラシもないし、チケットもいらない。 その代わり、俺たち二人が出会った時だけ。 偶然その場に居合わせた人だけが聴くことのできる、ストリートのゲリラライブ。 今日は近所の河川敷で。 夕陽のオレンジをスポットライトに。 明日は自家用車の運転席で。 助手席にいつもいる、君の寝顔を眺めながら。 冬には駅前のイルミネーションに照らされて。 ひとつしかない影を踏みながら。 君と二人で。
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