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生きることの意味が分からなくなって、息を続けることが苦しくて、爪で喉を掻き斬りながら泣いた。声がでなかった。
俺の目の前にいる彼は、それでも笑顔で今日も俺の歌を待つ。
「歌えないかも……」
掠れた声で泣き言を言ったら、困った顔をして首を傾げた。
それから、お互いの吐く息がかかりそうなくらいすぐ傍まで寄ってきた。
今日こそ触れることができるのかと思って指を出しかけたけど、現実に打ちのめされるのが怖くて、結局ひっこめた。
――昔、君がくれた約束のキスは、もうすぐ効力を失うのかもしれない。
「元気になれる、魔法がほしい」
『いいよ』
何十年ぶりかにおでこにあてられた彼の唇は、そよ風の音がした。
『俺、溶けて消えちまう前に、お前の歌が聴きたかったんだ』
そういって儚いその身は、また俺の目の前でゆらり、どろりと溶けていく。記憶の中の君がいくつもあわさって融合する。柔らかい春風になって、消えていく。
「いやだ」
俺はいつもそれを否定する。
だって君の願いを受け入れてしまったら、君はもう来ないじゃないか。
そこで座って、鍵盤を弾きながら、俺の歌を、ずっとずっと聴いていて。
そこで笑っていて、ずっと。
いつかもう一度、空に向かって大声で歌えるようになるその日まで、俺の歌を、待っていて。
もう触れられないままでもいいから。
……キスもできなくていいから。お願いだから、消えないで。
おれたちは、ずっと二人で一つだろう?
年甲斐もなく、自宅で泣きながら傲慢な願いを吐いて懇願したら、何十年も前から抱きしめてくれなくなった君は、やっぱり笑顔でこう言ったね。
『なあ、うたって』
とけるまえに はやく
おまえのうたをきかせて
おれはおまえのうたをききながら ねむるのがすきなんだ
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