其ノ一

5/5
前へ
/103ページ
次へ
 お堂を出ると、権蔵は腰丈まで生えている薄を掻き分け、河原に向かった。  やや温んだ水で顔を洗い、埃で白っぽい着物を脱いだ。  川で洗うと、固く絞る。近くに立木が見当たらないので、河原の熱を帯びた砂利の上に着物を広げる。絣の薄い着物は、一時も待たずとも渇くに違いない。  手拭いを緩く絞ると、上から下へまとわり付いた汗を流していく。  天中を目指して昇ってゆく日差しが、濡れたばかりの肌をすぐに渇かした。  権蔵は、濡らした手拭いを頭に乗せると、川の水を少し含んで喉を濯いだ。  何度か繰り返し、ようやく大きく息をつく。  ――慣れたもんだ。  宿無しの生活も、苦に感じなくなった。  夏は、いい。今年も寒くなる前に蓄えなくちゃなんねぇ。  権蔵が江戸に戻ってきたのは、暖かい季節の内に土蔵破りで荒稼ぎするつもりだからだ。  雪がちらつく冬は、錠前を解く指先も感覚が鈍る。時間がかかれば、それだけ危険も高まるというものだ。だから木枯らし厳しい江戸の冬は、仕事を控える。秋までに貯めた蓄えで、安宿を移動しながら春を待つ。  そういう暮らしを繰り返してきた。  あと十年もすれば身体にガタがくるかもしれないが、どこかに身を落ち着ける考えがない以上、きっとこれからも似たような夏を迎えるのだろう。  手拭いが渇いている。  もう一度濡らして絞り、頬かむりして着物を確かめると、ほとんど水分が飛んでいた。  彼は布を軽く伸ばして、身につける。  そして、足早にお堂に戻っていった。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加