9人が本棚に入れています
本棚に追加
土蔵から盗み出した茶碗は、権蔵の期待を裏切らない額の金子に姿を変えた。
その金で古着を買うと、着替えて花街へ向かった。
まだ日は沈み切っていなかったが、熱い風呂に浸かり、酒をたっぷり浴びて、面長の女を抱いた。
睦事が済むと、権蔵は煙管を一服した。行灯の仄かな明かりの中に吐き出した煙が一筋広がり、天井の闇に溶けていく。
「……お前、お鈴といったな」
「ええ……」
女盛りをやや過ぎた色白の女は、権蔵をすっかり気に入ったのか、枕を並べた床の中で熱の残る肌を殊更に密着させている。
「この界隈は……長いのか?」
「……なんだい、あたしの歳を探ろうってのかい?」
女は拗ねたようにわざとらしく背中を向けた。
「いいや。お前の歳なんて――」
権蔵は煙管を置くと、女を背後から抱えるように腕を伸ばして乳房を撫でる。ビクン、と女が身を震わせる。掌に伝わる感触は、十代にみられる瑞々しい張りは失われているものの、まだ吸い付くように柔らかだ。
「……この肌が教えてくれるだろう?」
身をくねらせて女は振り返る。うっとりと弛んだ笑みを浮かべたまま、唇を寄せてきた。
権蔵は、紅が薄らいだ桜貝のような唇を塞ぐと、もう一度肌を重ねた。
「……お鈴」
「――なん……だい?」
権蔵に骨抜きにされた女は、乱れた息を荒くつきながら甘い声で答える。
「この辺りで、最近開いた店はあるかい?」
「……たな?」
トロリと焦点の定まらない瞳を権蔵に向ける。女はまだ夢見心地の様子だ。
「ああ。この一年くらいの間に開いた店があったら教えてくれないか」
「……そうさね……老舗の井筒屋さんの次男が、暖簾分けで、春先に呉服屋を開いた、って聞いたよ」
「へぇ……井筒屋さんの次男坊が、ねぇ」
権蔵は腕を伸ばして煙管を掴んだ。煙草葉はすっかり灰になっていた。
――カツン。
灰を落として再び葉を詰めると、布団から半身を起こし行灯から種火をもらう。
「あんた、流れ者風情を気取っているけど、旅の人じゃないね?」
「うん?」
「この手――この指は職人のものだよ」
自分を抱いた男の手を取ると、お鈴はゆっくりと指を絡めた。
最初のコメントを投稿しよう!