其ノ十四

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 嵯峨美屋が騒然としている頃、権蔵は工場を片付けていた。  辰次郎親分の紹介で徳三郎爺さんの家に転がり込んだのが、夏の初め。  床の塵を掃く手をふと止めて、工場を見渡す。年季の入った溶鉱炉。鍛冶打ちの作業台。埃だらけの仕事場に呆れたことが、随分昔のようだ。  この工場があったから、大きな仕事をやり遂げることが出来た。権蔵、一世一代のカラクリ錠。今の自分には、これ以上の代物は造れない。  掃除を終えると、工場の室内に向かって、入り口で一礼し、合掌した。 「……源さん、ブツが完成したのかい」  背後からの声に、権蔵は振り向いた。 「へぇ、お陰さんで」  徳爺さんは穏やかな眼差しで、柔らかい日溜まりの中に立っている。 「良かったら、見せてくれねぇか」 「……へぇ、勿論でさ」  二人は権蔵が寝起きしていた部屋に入った。  朝の内に持ち物をまとめていた室内は、整然としている。  数枚の着物を包んだ風呂敷が一つ。大切にしてきた娘師の道具も、別の風呂敷に包んで並べてある。  徳爺さんはチラリと横目で見たが、何も言わなかった。 「……こいつです」  娘師の道具を入れた風呂敷包の下から、両手に収まる十寸くらいの木箱を取り出した。  徳爺さんはちょっと頭を下げて、蓋を開けた。 「――ほぅ……コイツァ、てえしたもんだ」  横長八寸の鉄錠は、見た目は単なる海老錠だ。黒光りする表面に、ギョロリと睨みを効かせた龍の浮き彫りが施されている。龍を付けたのは、古来から宝物の守護神獣でもあるし、『辰次郎』の『辰』を表してもいる。権蔵の職人としての粋な洒落っ気だ。  徳爺さんは鍵穴を確かめ、箱から取り出した鍵で開錠を試みる。表面に見える鍵穴に鍵は入らず、表に裏に、しばし試みるがピクリとも動かない。 「へへ……お手上げだぜ」  納得したように口元を緩めると、徳爺さんは鍵と錠前を木箱に戻した。 「眼福に預からせていただきやした」  頭を下げて、木箱を返す。権蔵も頭を下げて、受け取った。 「もったいねぇです」  秋の日の穏やかな空気が流れる。  権蔵は胡座を解き、居ずまいを正した。 「徳三郎さん、世話になりやした」 「ああ……ワシゃ、何もしとらんで」 「暮れる前に、発ちやす」
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