其ノ十四

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 権蔵は頭を下げた。目頭が熱くなる。職人同士、相通ずる部分があったが、それ以上にかつての師匠――父親に似た雰囲気があった。 「そうか。寂しくなるな。湿っぽいのは苦手でなぁ、改まった挨拶はいらねぇよ」 「いえ。徳三郎さん、どうかお達者で」 「よせやい、邪魔したな」  徳爺さんもまた、権蔵に重なる面影があるらしく、涙腺がジワリ滲んだ。そそくさと立ち上がると、ヒラヒラ手を振り、部屋を出て行った。  権蔵は頭を上げなかった。  タン……と襖が閉じる小さな音がして、足音が遠ざかっていった。 -*-*-*-  暮七つ(午後四時)を回った頃、権蔵は徳三郎の家を出た。  風呂敷包み二つを手にし、木箱を懐に忍ばせる。  その足で古道具屋に行くと着物を売った。更に鉄屑屋に足を運び、娘師の道具を金に変えた。  カラクリ錠の報酬として辰次郎親分から貰った金子の残りが七両と少し。  合わせると、手持ちの金はきっかり八両になった。  権蔵は、米屋と味噌屋、更に酒屋を梯子して、品物を徳三郎の家に届けるよう手配した。  それから小間物屋に寄ると、品の良い(かんざし)と煙管を買い求め、女郎宿のお鈴に贈った。  胴巻きには、銅銭が三文きり残った。  釣瓶落としの日が暮れる。鮮やかな夕焼けの中、権蔵は近くの神社の境内を訪れると、お香とレンと自分のために賽銭を投じた。  ――へっ……柄にねぇな。だが、今夜だけは、しくじる訳にいかねぇんだ。  深々と一礼し、神社を後にする。  夕日を飲み込んだ西空は、種火のような朱に染まり、東には宵の明星がキラリと輝いていた。 -*-*-*- 「……すいやせん、どなたか居りませんか!」  嵯峨美屋の勝手口で、閂のかかっている木戸を激しく叩く。  暮れ六つの正刻(夜七時)を過ぎた辺りなら、世間的には夕食(ゆうげ)の頃合いだ。  寝静まるには早すぎる。 「どなたか居りませんか!」 「――へぇ……どちらさんで?」  なおも木戸を叩き続けていると、警戒した男の声が返った。 「夜分にすいやせん。あっしは鼈甲(べっこう)細工の職人で、権蔵と申しやす」 「へぇ……権蔵さん?」 「今夜、江戸を離れる前に、以前お世話になった吉右衛門様にご挨拶したく伺いやした」 「旦那様が……世話を?」  訝しむ声が返る。そうだろう。吉右衛門という男は、迷惑をかけ散らかしても、人の世話なんぞ、ついぞ焼いた試しがない。
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