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手にしたカラクリ錠に目を落とした切り、吉右衛門は口を真一文字に結んでいる。
パチ……パチと、火鉢の中から聞こえる炭の呟きが、辛うじて静寂を拒んでいた。
「あの恐ろしい辰次郎親分が、貴方様に寛大なのは――こちらの蔵に、お宝がたんまり眠っているからだ、と聞いておりやす」
動揺を煽るが如く、権蔵は吉右衛門の秘密を指摘する。
「ど、どこで、そいつを?」
高音が震えてかすれた。もはや否定すらできていない。
「へへ……人の口に戸は立てられませんぜ」
火鉢の熱のせいではない。吉右衛門の額に、嫌な脂汗が吹き出していた。
「土蔵の中のお宝どもが、貴方様の首を繋いでなさる。仮に――それらがお宝でなかったら」
「なっ、何を!」
立ち上がりかけた吉右衛門を、権蔵は両手で制した。
「仮、の話ですぜ、吉右衛門さん?」
仮定などであるものか。この男は、知っているのだ。虎の子として土蔵に眠る『お宝』が、どれもガラクタだということを。
「あ……アンタは、それを誰かに……」
権蔵は、ゆっくり首を横に振る。
「あっしは、嵯峨美屋さんに恩がありやす」
小さな瞳を一杯に見開いて、吉右衛門は火鉢ごしの男を凝視する。
言葉では口外しないと答えても、もはや安堵などできやしない。吉右衛門は、真綿で締め上げられるような息苦しさを覚えた。
「吉右衛門さん」
小さく震える手を一蔑してから、権蔵は静かに続けた。
「ソイツの納品期限は今夜でやす。あっしは、辰次郎親分から金子をいただいて、江戸を出るつもりでやした」
スッ、と一尺程畳の上を後逡りすると、権蔵は土下座した。
「どうぞ……あっしの代わりにソイツを役立ててくだせぇ」
「ご、権蔵さん?」
崖っぷちまで追い詰めておきながら、突然差し伸べた手を握れと言われたようなものだ。吉右衛門の躊躇も然るべきである。
しかし吉右衛門は、己の立つ崖の脆さも心得ている。差し出された手を握る他、この窮地から助かる術がないことも。
「やっと恩返しすることができやす。お願ぇしやす、吉右衛門さん」
着物の袖で額の汗を拭くと、吉右衛門は大きく息を付いた。
一か八か――。
吉右衛門は、この局面、勝負に出ることにした。
「本当に……いいんだな」
「もちろんでさ」
「分かった。有り難く頂戴しよう。早速、開け方を教えてくれないか」
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