其ノ十五

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「もういいぜ。お前はもう、憎しみに染まるな」  慈しみを込めてその背を撫でると、レンは哀しげに「にゃあ」と低く鳴いた。  そのまま、しばらく優しい沈黙が流れる。権蔵はレンを撫でながら虚空に瞳を投げ、お香の姿を思い描いていた。  この場所で、お香とレンが会話していたことが懐かしい。土蔵での日々、彼女の途方もない孤独を、レンがどれ程癒してくれたことだろう。  それに、権蔵が彼女と再会を果たせたきっかけも、レンだ。改まって口にしないものの、権蔵は深く感謝していた。 「……あ!」  徐に身を起こしたレンが、ピンと耳を立て、瞳を輝かせる。 「うん? どしたい、レン?」  見下ろす権蔵と視線が合う。酷く動揺した様子だが、次の瞬間、ニンマリと目を細めた。そして、彼の膝からピョンと元の大石に飛び移った。 「権蔵さんっ――今、吉右衛門が斬られました!」 「分かるのか?」  思わず権蔵も立ち上がる。 「ええ! ええ……! 想いを、果たしました、朝香様ぁ……」  感極まって叫ぶと、レンは前足で頻りに顔を拭った。その姿がユラリ、薄くなる。 「おい、俺を置いて成仏しちまうんじゃねぇだろうな?」  慌てて声を掛けた権蔵に、鮮明に戻ったレンが微笑んだ。 「ふふ……まだですよ、ご心配なく」 「そうか……随分、お香を待たせちまった。寂しい思いをしてるだろう」  白猫は、ボゥと微かに発光すると、ふわりと宙に浮いた。  妖しげに双眸が輝きを増す。 「権蔵さん。朝香様は仰っていたじゃありませんか、『ここで待ってます』って」 「――ここに、いるのか?」 「ええ。ほら――あすこに」  レンに示され、振り向いた背後には土蔵の瓦礫はなく――嵯峨美屋の塀も、星空もない。  ほの暗い灰色の世界が限りなく広がり、目を凝らすと、帯のように黒くのたうつ水の流れが横たわっている。足元には、大小様々の大きさの砂利。ここは、河原だ。  その寂涼とした河原に、眩しいほどに純白の着物を纏った麗人が佇んでいる。 「お――お香っ!」 「……権蔵さん?」
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