其ノ十六

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「へぃ、有り難く頂戴します」  軽く会釈すると、吉右衛門は丁寧に一枚ずつ拾い上げていく。  ジャラリ、と胴巻きを懐に入れた辰次郎は――  ――ドシュ……ッ! 「うぐあっ!?」  素早く懐から合口を抜くと、方膝を立て、覆い被さるように小判を拾っていた吉右衛門の背中を一息に突き刺した。  切っ先は心の臓まで達したに違いない。ビクリ、ビクリと数回大きく痙攣したが、それ切り動かなくなった。  まるで辰次郎に土下座をするような不自然に丸めた前傾姿勢のまま、吉右衛門は絶命した。畳の上に弁柄色の染みが溢れ、みるみる広がっていく。 「七!」 「へい」  仁王立ちのまま七兵衛を呼ぶ。障子の外に控えていたのだろう、七兵衛はすぐに現れた。 「始末しろ。下にある金子は洗って持って来い」 「へい。仏さんは沈めますかい?」 「いや。嵯峨美屋(みせ)の前に捨てておけ。見せしめだ」 「承知」  顔色一つ変えずに七兵衛は頷いた。足元では、血溜まりが広がり続けている。 「それとな、半の奴を徳爺ん所にやれ。嵯峨美屋を焚き付けたのは源の野郎だ」 「源さんが?」  これには驚いたのか、着物の袖を間繰り上げていた七兵衛は眉を寄せる。 「抜け目ねぇ野郎だとは思っていたが……畜生め、ふざけた真似しやがる」  一方、辰次郎の激昂は止まらない。なだめる間もなく頬が紅潮し、怒声が大きくなってくる。 「いいか! 万が一、源を見つけたらここへ引っ張ってこい! 喋れりゃあいい、手足の二、三本へし折っても構わねぇっ!」  『雷の辰』の異名の如き大雷(おおいかずち)が船小屋中に鳴り響いた。  子分達は三々五々、蜘蛛の子を散らすように飛び出すと、真夜中の町中を駆け回った。
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