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「……わあー、今のきれいだったね。はじめて見たよ。こういうのサクラフブキって言うんでしょ」
菜々はベンチから滑り降りると、楽しそうに地面に落ちた花びらをかき集めた。
それを両手で掴み、パッと空に浮かべる。泥も混じっているものだから、菜々の服や顔はすぐに汚れてしまった。
だけれど、キラキラと舞う桜吹雪はまるで菜々自身の輝きのように、美しく見えた。
「そうだね……とってもきれい」
私は呆けたまま呟いた。
すると菜々は、黒くなった手をワンピースの端に擦り付けながら振り向いた。
「きっと神さまが、いつもがんばってるママのためにご褒美をくれたんだね」
その言葉に、驚いた。
がんばってるって。……私が?
咄嗟に否定しそうになる。
でも、見返した菜々の顔はやはりキラキラとした笑顔で、その口から嘘が吐き出されるようには思えなかった。
そして何よりも、菜々の言葉を無下にすることはできない。
「……そうかな」
私もベンチから降り花びらを手に取った。それは泥にまみれてはいたが、紛れもなく桜だった。菜々は楽しそうにまたその欠片を集め始める。
満開の桜を見せてあげられない。
ろくに本も買ってあげられない。
私は菜々の、この先の豊かな可能性を奪っているのかもしれない。
でも、そうかな。
そうかな、と、少しだけ思う。
「そうだよ」
菜々が笑う。その泥だらけの手に、私は触れた。
何もできないけれど。
その分、私は手を繋ごう。
お金もない。時間もない。してあげられることは少ないけれど、その変わり菜々とたくさん手を繋ごう。
夏と、秋と、冬の花は私が教えてあげる。私は図鑑みたいに物知りじゃないし、見せてあげられるのは決して満開の花ではないかもしれないけれど。
特別なものじゃなくてもいい。菜々にあげられる感情は、きっとそこら中に転がっているはずだ。
今できる限りの幸せを。
大切なあなたへ。
私は菜々を見つめながら、彼女の無限に広がる未来を思い描いていた。
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