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普段の僕は、寝室では眠らない。眠るのはいつも居間のソファやオフィスのデスクだ。
おかげで、日中は常に首や腰がギシギシと痛む。
僕の家は、郊外の坂の上にある一軒家だ。
そこに母と暮らしている。
赤い首輪をつけた柴犬も居たけれど、二年前に老衰で死んでしまった。
家の表玄関には樅木が一本生えている。
夏は緑で秋は赤くなり、春には刺されると皮膚が赤く腫れる虫がいっぱい枝に付く。
父の居ない家で樅木の剪定をするのは、いつも母だった。
幼い頃の僕は、枝がバサリバサリと落ちる様子が面白くて、樅木の下に陣取って母の仕事を見守った。下から見上げる母は、僕とは対照的に額から汗を流しながら苦行の表情を浮かべていた。
大人になった僕は、樅木の剪定を受け継ぐ事なく、あっさりと伐採してしまった。
母と暮らすあの家の寝室でベッドに横たわると、もうこのまま目覚めないのではないかという恐怖に襲われる。いや、恐ろしいのは目覚めない事ではなくて、このまま寝室から死ぬまで出られないという想像だ。
しかし、現に今、僕は彼女の部屋から出られらなくなっている。
想像は起こってしまうと、それはもう事象でしかない。
痛みと同じように。
文字通り手足を?がれて四方を固められてしまうと、諦めは考える余地が無い。
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