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それは、存外、甘くて柔らかくてぼんやりと心地よい。
彼女が煎れてくれる、うすみどり色のお茶みたいに。
僕の失踪の一日前、母が心臓を悪くして緊急に入院した。
たぶん、もう家に帰る事は出来ないだろうと、医者がぼそぼそと言った。
初めて合う人にそんな事を言われるのは、なんだか変な気がしたけれど、彼はそういう仕事なんだなと僕は思った。
そんな訳で、母と暮らす家は、暮らしていた家になりつつあった。
病院から帰った僕は、玄関の三和土に座り込んだまま、ぽっかりと自由な気持ちになった。
靴箱の上の格子付きの小窓から、夕陽が細く差し込む。
そして、僕は家を飛び出した。
僕が失踪して十一日目の午後。
もう身体は全く動かないし、脳みその大半は床下に沈んだらしく、思考も曖昧になってきた。
さっき、残っていたもう片方の目がポロリと落ちた。
視界がいよいよ真っ暗になった時、僕は残りの脳みそで忘れていた事を思い出した。
遊園地の中で、僕達にピッタリだと思った乗り物が一つだけあったのだ。
それは、びっくりハウスと呼ばれていて、小さな三角屋根の家の形をしている。
中に入ると、壁には部屋の模様が描かれていて、六人掛けのベンチが左右向かい合わせに設置されている。
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