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遊園地に関する猫のバックアップ
僕が失踪して十日目。
今朝、僕の左手の薬指が第一関節からボソリと抜け落ち、瞬間、彼女の猫がにゃあと鳴いた。
抜け落ちた薬指は、コロコロと床を転がると、やがて跡形もなく床下に吸い込まれていった。
「おはよう。まだ動ける?」
コーヒーの香りで、彼女がすぐ近くに居た事を知る。
キッチンカウンターの前に備え付けられたスツールは、一つしかないが、それで十分だ。
この部屋にはどうせ客は一人ずつしか来ないし、その客も彼女と並んでスツールに座る事は殆ど無い。
そう、まるで僕みたいに。
そんな感じで、この部屋にあるものは全て必要最小限に留められていた。
彼女が息をして、水を飲んで、猫と一緒に僅かな食事を摂る。風呂は二日に一度。たまに、嫌がる猫も一緒に入る。
そんな、とてもシンプルな彼女と猫の生活が営まれるために、さほどの家財道具は必要ない。
部屋はつるりと広く、白く、空気清浄機が静かに音を立てる。
僕は、彼女に拾われた。
そう、ちょうど猫みたいに。
拾われたのは、七日前。僕の失踪から三日目の夕方のことだ。
僕はこの時間が苦手だ。静かで厳かで強引なあの夕陽の色が、どうにもダメなのだ。
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