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翌日。
高原は、川嶋にちょっかいをかけた男の後始末をさせた若い衆から「あの場に落ちてたんすけど…姐さんと関係あるものだったらいけないと思って」と、パスケースのようなものを渡された。
中をあらためると、学生証だ。
名前の欄に「桜田崇史」と書かれたそれには、にこやかに笑う昨日の大学生の写真がついている。
「どうした?」
宇賀神に問われ、高原は昨日報告した件で、飛び蹴りの際に落とし物があったようで、と学生証を見せる。
ふん、と宇賀神は鼻を鳴らした。
あまり興味はないようだ。
まあ、宇賀神の他人に対する関心の対象は8割方川嶋のことだけだから、そんなものだろう。
そうは言っても、一応川嶋を助けて貰った義理がある。
そして、学生証がないと不便なはずだ。
学生証はIDカードにもなっているようだから。
「高原、お前が届けてやれ」
他の奴だと強面すぎる奴らばっかりだからな、あまり怖がらせてもよくない。
そんなわけで高原は、桜田の大学の前に立っていた。
桜の花びらがそこかしこに舞うキャンパスは、記憶の中に封じ込めた学生の頃のそのひとを思い出させる。
場所は違えど、どうして学校というところは、こんなに無遠慮に桜を植えるのだろう。
今よりももっと幼さの残る横顔は、今よりももっと危うい儚さを持っていた。
確かあの頃は、母を亡くしてまだ日が浅かったのだったか。
そんな感傷に浸っていた高原は、目的の人物が歩いてきたのを見て、現実に戻る。
「桜田崇史君?」
そう声をかけると、隣を歩く背の高い友人ーもちろん桔平だーと楽しそうに喋っていた桜田がこちらを向いた。
「はい?」
キラキラしたその瞳は、どこかで見たことがあるような。
そう、悪戯盛りのヤンチャな子犬みたいだ。
思わず、高原は少し笑みを零した。
「これ、落としませんでした?」
そう言って学生証を差し出す。
ヤンチャな子犬は、ぱあっと顔を輝かせた。
見えない尻尾をブンブン振り回してる気がする。
「あった!探してたんすよ!」
いやぁ、顔写真とかついてるから、なんか悪用されたらどうしようって心配してたんすけど。
桜田はそう言って、嬉しそうに学生証を受け取った。
「どこに落ちてました?」
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