『死』

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『死』

****  冷たい。これが人間の体温であるはずがない。そう感じた時、目の前のベッドで横たわる母親が、人間から物に変わったことを知った。 ****  死は恒久的なテーマだ。上手に死を挿入すればストーリーに深みを与え共感を生む。そのためにはリアリティのある死の経験が必要だ。これは絶好の機会だ。  私は首を触ってみた。脈がなく、ひやりと冷たい。常温ではなく、本当にひやりと冷たい。魂の炎が消えた身体はこんなにも硬く冷たいのか。私を抱きしめてくれた時はあんなにも温かったのに。  見れば見るほど、触れば触るほど、これが物であると分かる。不自然なほどに動かないそれが、もう二度と動かない理由が感覚で分かる。なるほど、死体というものは不思議な説得力を持っているのだな。  死体を目の前にしてネタを収集することばかり考えている脳みそに、私はまったく品性を感じない。もうずっと前から、私の心は品格を失っていた。  まあいい、それよりもっと『ネタ』が欲しい。
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