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『夢』
ある日、目覚めると父は居なかった。書置きを残していた。
『やりたいことがある。すまない』
戻ってこない父を母は責めた。なんて自分勝手な人だろうと。それは確かにその通りなのだろうが、不思議と私は父を責める気にはならなかった。
私が物書きであるように、きっと父も何かだったのだ。そしてその何かは、この平穏な生活に奪われていたのだ。私にはそれがよく分かっていた。
当時高校生だった私はアルバイトを始めた。母は苦労をかけてすまないと言っていたが、苦労だと思ったことはなかった。身内の失踪というネタ、学生というネタ、アルバイトというネタ、それだけだった。
思えば、私の心はいつも不思議な高揚感で満ちていた。傑作を書きたいという情熱で、なにかしらの感性が焼きついていたのかもしれない。
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「よくそんなに馬車馬のように働けるね」
「そうですか? あんまり他を知らないので何とも言えないですけど、ここって結構いいところだと思ってるんですけど」
「まあたしかに、なんていうかのんびりした会社だとは思うけどね」
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うーん、もっとこう、抑えきれないほどの情熱がびんびんと伝わって、それでいてそれをさりげなく伝える方法はないだろうか。実体験ならばリアリティはあるかもしれないが、それだけでは物足りない。リアリティのある脚色が必要だ。そしてそれには人生経験、ひいてはネタが必要だ。
ああ、もっともっと『ネタ』が欲しい。
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