第1話 悲劇の始まり 

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第1話 悲劇の始まり 

2人の大人がなんとかすれ違える細い川沿いの道を歩いていたら、向かい側から「斜めの男」がやってきた。 斜めの男?とあなたは顔をしかめるかもしれない。 何が斜めなのか。まっすぐ歩いていないわけではない。前髪が斜めにそろえられているわけでもない。ただ、体が斜めなのだ。傾いている。 僕はつい、じろじろ見てしまっていた。 ふいに、叔母の裕子さんが数年前に言っていたことを思い出す。彼女の顔には大きな火傷の痕がある。一生消えない痕だ。 「道ですれ違う人がチラとこちらを見て、一瞬驚いた顔を見せ、一瞬申し訳なさそうな顔を見せ、一瞬こちらを哀れんだ顔を見せ、そして慌てて目をそらす。不自然にドギマギとしちゃってね。それは全部でもたった一秒くらいの短い時間よ。それでもね。いまでも私にとってその刹那は――そのほんの一秒間は――呪いたいくらいに不快な時間なの。」 僕は裕子さんの言葉を思い出し、なんの変哲もない男とすれ違う時のように自然にふるまおうとした。何とか顔に微笑をつくり、会釈する。 「斜めの男」は始終僕の方をボーっと見ていたが、会釈は返ってこなかった。 おまけにこの道は、両者がピシッと正しい姿勢で歩いていなければ通れない。しかし近づいても近づいても、その男は斜めのままだ。 仕方ない。えいやっ。僕は自分の体を彼の体の形に合わせることで、何とかすれ違えるだけのスペースを空けた(僕が川に近い側だったので、首から上は川に乗り出すような形になった)。 すると不思議なことに、彼とすれ違う直前、数年前の裕子さんとの会話が、僕の頭をよぎった。 僕は裕子さんと話している。たしか病院で、僕の母(最近亡くなった)のお見舞いに来ているときのことだ。僕と裕子さんは病室の外のソファに並んで腰掛け、なにやら話している。そうだ。僕はそのとき、無遠慮に火傷のことについて聞いていた。
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