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この先は、生田さんが後で息子から聞かされた話です。
谷底まで滑り落ちた息子は、頭を強く打ちしばらくの間気を失っていました。ふと気がつき目を開けると、そこには赤鬼のように巨大なアメリカ兵が立っており銃を突き付けていました。
すぐに殺されると観念した息子は、固く目を閉じたままじっとしていました。アメリカ兵が何かを言葉を発しています。息子はその瞬間、学校の授業で習った英語が頭に浮かびました。
恐る恐る口に出してみます「はー わー ゆー」。すると、アメリカ兵は少し間をおいてから「アイム ファイン サンキュー」と答えたのです。息子は自分の英語が通じたことが嬉しくて、殺されるかもしれない状況を忘れて微笑みました。
今度はアメリカ兵が言います「ファッツ ユア ネーム」。「まい ねーむ いず のぶた」と答えます。続いて「ハウ オールド アー ユー」。「とぅえんてい」と答えます。
アメリカ兵はびっくりした顔をして言いました「アイム トゥエンティ トゥー」。息子の顔が幼くて、まさか自分と同じ年齢だとは思えなかったのでしょう。アメリカ兵は、周りを見渡し、自分と息子しかいないことを確認しました。
しばらく考えた後思いがけない言葉を口にしました「ゴ ー アーリー」 息子は敵である自分を見逃してくれることに驚きながら答えます「さんきゅー べりー まっち」。立ち去ろうとする息子の背中に向かって、アメリカ兵が言いました「グッド ラック」。
そうやって息子は部隊に戻ることが出来たのです。夜遅く帰って来た息子は、隊長にこっぴどく叱られました。でも息子は内心嬉しくてしょうがありませんでした。自分の英語が通じたこと、そして鬼畜と聞かされていたアメリカ人も同じ人間なのだという親近感が、息子を幸せな気持ちにしました。もちろんアメリカ兵と遭遇したことは、隊長には報告しませんでした。
その日の夜、そっと生田さんだけに打ち明けたそうです。
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