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惨劇
息子はアメリカ兵の顔をとても見ることが出来ません。「隊長、それだけは勘弁してください」そう言うと息子は刀を置き、地面に頭をこすりつけて頼みました。
間髪入れず、隊長のグンソクが頭を蹴り上げます。「貴様、上官の命令がきけないというのか。貴様のような意気地なしは皇国軍人の恥さらしだ」。
軍隊において上官の命令は絶対です。自分の命令を拒否された隊長の怒りは凄まじいものでした。隊長は息子の頭が血だらけになるまで蹴り続けます。周りの隊員達は、余りの剣幕に何も言えずに立ち尽くしていました。
息子が地面の突っ伏し動かなると、隊長は蹴るのを止め、周りの隊員達を睨み付けて言いました。「誰か、このアメリカ兵の首を落とせる者はいないのか」
しかし、兵士達はお互いの顔を見合うだけで、名乗り出る者はいません。みんな人を殺した経験などありませんし、人殺しなどしたくありません。
「貴様達が根性無しだということがよくわかった。俺が手本を見せてやる」隊長はそう言うと日本刀を拾い上げアメリカ兵の横に立ちました。
「ノー ノー」それがアメリカ兵の最後の言葉でした。隊長はアメリカ兵の首筋に向かって、渾身の力を込めて刀を振り下ろしました。しかし、落ちるはずの首は体から離れず、刃はただ突き刺さっただけです。映画の時代劇などでは一刀のもとに首が落ちるシーンがありますが、現実はそうはいきません。隊長は再び刀を振り上げて叩きつけます。しかし、血のりでヌルヌルになった刃は益々切れ味が鈍り首は落ちません。焦った隊長は何度も何度も刀を振り下ろします。その度にアメリカ兵の獣のような絶叫がジャングルに響きました。
そして、アメリカ兵の首がついに泥の上に転がり落ちました。その表情は、何度も激痛にさらされたせいか目を大きく見開いて恨みと怒りの混ざった恐ろしいものでした。信じられないほどの大量の血が地面を真っ赤に染めています。
隊長は、思うようにならなかった斬首に肩で息をしています。周りの隊員達は、目の前で繰り広げられた惨劇に凍り付いたように動けません。
隊長は、切り株を指さし「首はこの上に晒しておけ。身体は穴を掘って埋めておけ」と言い放つと、日本刀を握ったまま兵舎に向かって歩き出しました。
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