先兵隊

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先兵隊

 数時間後、気が付いた息子が目にしたのは、切り株の上に置かれたアメリカ兵の首でした。開かれたままの目が息子を睨んでいました。  その日以降、息子の顔からは表情が消えてしまったそうです。まるで心が死んでしまったかのように。  一週間後、アメリカ軍の侵攻が始まりました。隊長は迎え撃つために先兵隊の派遣を決め、その中に息子と生田さんも入っていました。  隊員達を前に演説します。「君達に米軍の出鼻を挫く任務を授ける。栄えある先兵隊に選ばれた事を誇りに存分に戦ってこい。確かに米軍に人員・装備において劣ることは否めない。しかしそれを補って余りあるのが世界一の精神力である。任務の成功を祈る」  そして先方隊は五キロ先まで近づいてきたアメリカ軍を迎え撃つべく出発しました。  そろそろ敵陣に近づいてきたかと思われた時、急にアメリカ軍の銃弾が飛んできて戦闘が始まりました。先頭を歩いていた生田さんは、足に銃弾を受け倒れ込んでしまいました。その時です。後ろを歩いていた息子が生田さんを助け起こし背に担ぐと、他の兵士達が闘っているのを尻目に後退を始めたのです。そして生田さんを部隊に連れて帰りました。  戻ってきた息子を迎えたのは、隊長の罵声でした。生田さんを助ける為とはいえ、敵を前にして戦わずして退却したことが隊長には許せませんでした。他の兵士達が誰一人帰って来ないことも、先兵隊の全滅を暗示し怒りを増幅させます。  隊長は、敵前逃亡だと罵り、息子を何度も殴りつけます。隊長の本音としては、自分が嫌っている息子が死なないで生きてることに我慢がならなかったのです。  生田さんは、足の痛みを忘れて許しを乞いましたが、隊長は聞き入れません。  そして、隊長は息子に拳銃を渡し「敵前逃亡という不名誉な罪で日本で待つ家族に迷惑を掛けたくなければ、この銃で自ら命を絶て。そうすれば、立派に戦って戦死したと家族には伝えよう」と言いました。  生田さんは、自分のせいで息子が死なねばならないことに我慢が出来ませんが、一人で歩くことも出来ない身体ではなすすべが有りません。  そして、その夜一発の銃声が静寂を破りました。息子は銃口を口にくわえて引き金を引いたのです。生田さんは一晩中泣き続けました。
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