傘、一本

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だから、迷わない訳がない。 息苦しいほど胸が鼓動する。 ほんの少し後退りして傘を取り返せば、彼と私はさっきまでの距離に戻られる。 「何やってんだか。」 そう言って笑い飛ばせば、何事もなくこのまま帰れる。 そう思うのに、大きな腕に包まれて身じろぎできない。 このままこうしていたい。 だけどそれは・・ 迷う私の思いを察して、彼は一層腕に力を込め 「やっと僕の所にきた。」 と呟く。 「後悔するよ。」 声が掠れて恥ずかしい。 「そうかもしれない。 でも、今はこのままいて欲しい。 ずっと、こうしたかった。」 彼が手を放した紺色の傘が歩道に舞う。 さっきから雨脚は強まり、傘を差していない二人に降り注ぐ。 歩道に咲いた紫陽花だけが、始まりを見ていた。
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