恋人ごっこ

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恋人ごっこ

山紅葉が朱に染まる頃には、二人でいる時限定で、私は彼を拓と呼び、彼は私をさくらと呼べるようになっていた。 会社の廊下ですれ違った時、社内食堂で隣り合わせた時、まるで女学生のように心が弾む。 正しくないとわかっていながら、恋人ごっこに熱中する28歳と36歳の男と女。 彼から年賀状が届いた。 新婚旅行先のトロントで、二人が腕組みして立っている。 澄んだ瞳は黒いサングラスに覆われて、どんな表情なのかわからない。 何も、こんな写真選ぶことないのに・・ ふと、年末の仕事終わりに彼が言った言葉を思い出す。 「年賀状の写真、嫁が選んだやつだから。」 ああ、あれは伏線だったんだ。 「今年もよろしくお願いしま す ● 」 決まり文句の後ろに、ブルーブラックの丸い染み。 「インクの染みの下に、き、隠してるから。」 彼は、そうも言っていた。 年賀状を抱き締めそうになり、ハッと気付いて、写真から下を折り畳んだ。
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