奇跡の人

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奇跡の人

 *奇跡の人――猫刑事の語る陳腐な話の続き――*  とある時代のとある村。    とある家屋のとある仄暗い寝室にて、『村田(むらた)』青年は薄い布団を被りながらも目を見開き、静かに天井の木目を見つめながらある考えに思いを巡らせていた。  眠れなかった。  季節は夏の盛り、風通りのいい造りになっている彼の住まいは例え熱帯夜でも快適に眠れるようにはなっていたが、それとは関係なく、眠気というもの自体が根本的に湧いてくる兆しがなかった。  妙に気が高ぶっていた。  ここのところ気持ちは一日中高揚して騒いでいた。  しかし今夜ほど心が落ち着かない夜はなかった。  まるで彼の生物としての本能が何か良からぬモノの接近を無音のうちに告げているようだった。  村田青年が横を向くと、そこには若く美しい妻と、愛らしい寝顔をこちらに向けた二歳になる息子が穏やかな寝息を立てていた。  どんな危険も厄災も、この十畳間にだけは降りかからずに過ぎて行くように思えた。  それだけこの空間には平和と調和、そして何よりも幸福が満ちていた。     
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