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戸締りをして外を出た俺は、ある場所に向かって歩き出す。そのスピードは次第に早くなるが、変化するのは走るスピードだけではない。スピードがあがるにつれ、現れる耳・体毛・しっぽ。その姿は狼そのものだった。いくら夜中とはいえ、道路内を走るのは人目が付きそうだし障害物も多いので、狼になって移動する際は、大抵は建物の屋上を次々に飛び越えていくのが普通だ。こうして、ある一定の日の夜、俺は「狼」として成すべき事をするために夜中の札幌市内を走り回るのだ。
町の中心部から少し離れた山まで到達する。速度を落としてゆっくりと進んでいくと、そこには3匹ほどの狼がいた。しかし、その3匹とも自分が持つ黄色っぽい体毛や尾の先端が黒いという特徴とは全く異なる者達―――――すなわち、日本国外に生息する狼達だった。
『ホロケウ(アイヌ語で“狼”)…。お前、また人間の女と戯れていたのかよ』
俺が彼らに近づくと、黄褐色・灰色・黒が混じり合った色の毛を持つ狼の声が響いてくる。
『だから、俺は日本人として“慎太”って名前があるんだっての!!』
その狼に対し、俺は反論する。
因みに、目の前にいる彼らも、自分と同じで人間と狼の血を引く「人狼」に当たる。昼間は“人”として生活しているため、体から人間の匂いが漂ってくるのは、日常茶飯事だ。しかし、鼻の敏感な人狼(かれら)にとって、俺から発する臭いはあまり快く思われていないようだ。
『…呼び名の事は諦めろ。日本でいうお前らエゾオオカミは本来、“アイヌの民と共存していた種族”として我々の間で定着している。故に、唯一の末裔であるお前を、ホロケウと呼ぶのは当然の事だろう』
俺らが言い合っている中で、リーダー格である灰色の狼が言葉を発した。
『…“名は体を表す”って言葉が日本にはあるけど…ホロケウは、まさに“表さない”よね。その“ゆりかご”の意味を持つ名前…』
すると、遠目で見ていた茶色い狼が呟く。
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