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有機野菜って
「高野くんは――」
「高野遥人(たかのはると)です。遥人と呼んでください」
笑顔でそう言われると、誠二は断ることができなかった。諦めて名前で呼ぶことにする。
そこまで親しいわけじゃないんだけど、と思いながら。
「遥人……は、この店に詳しいんだね」
敬称を付けようとして、無言の圧力を感じて呼び捨てすることになった。無言の圧力、あの笑顔が誠二には弱かった。逆らえない何かがその笑顔にはあると、誠二は思う。
「この店は僕の叔父がやっているんです。有機野菜って作るのが大変なの知ってますか? 実はそこの農家が叔父の友人なんですよ。いつも人手が足りないって駆り出されるんです」
「有機野菜ってそんなに大変なの?」
「ええ、土作りからですから。正社員として募集しているらしいんですけど、かなり大変な力仕事だから人が定着しないんですよね」
ため息交じりに言う遥人は、言葉ほどに困っているように見えない。誠二が首を傾げると彼はそれに気づいて話を続ける。
「僕は大学でそんな感じの勉強を専門にしているので、大変ではあるけどこの目で得る知識はかなり貴重なんですよ」
「このお店も、その農業も好きなんだな」
「もちろんです。美味しいでしょう?」
確かに美味しい。
曇りのない笑顔に、誠二は警戒していたことを忘れていた。
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