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『××町の20××年の冬は、気温は下がりますが、雪は降らないでしょう…』
ふと、ため息が漏れた。
約束は、きっと、果たされない。
『初雪の降る夜、必ず戻ってくる。だから、時計台の前で待ってて』
『絶対、待ってるから。』
付き合って数年経つ彼氏は、中学時代の同級生だ。
彼は音楽が好きで、特にショパンに惹かれている。
他にも、彼はたくさんの特技を持っていたが、特によく覚えているのは。
「俺、初雪が降る日が分かるんだよな。」
「え、嘘!いつ、いつ??」
「一週間後だと思う。楽しみにしてろよ。」
一週間後、曇った空からは、透明な初雪が降り始めていた。
忘れない、あの頃の純粋な尊敬。
偶然かもしれない。
天気予報を見たのかもしれない。
でも、彼が嘘をついたようには見えなかった。
雪のように純粋で透明な、儚い彼。
今回も、きっと、初雪が降る日が分かってるんでしょ…?
もし、もしも雪が降らなかったら…。
会えなかったら…?
降るはずがない。
でも、コートを着て、マフラーを巻いて、外に出た。
近くの公園の時計台の前に立つ。
街はキラキラと輝いている。
ああ、そっか。今日は、クリスマス。
手を絡めて歩くカップル。
笑顔の家族。
お揃いの手袋の友達四人組。
みんな、一緒にいたい、大切な人と素敵な日を過ごしてる。
わたしは…。
こんなところで、何をしてるの?
自分の吐く息だけが耳に入って、白く濁って空に消える。
ひとり、寂しく…。
「ユキ子?」
私の名前を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げる。
「だれ…?」
イルミネーションに反射して、黒い影が現れる。
きっと…。
黒い影は、ゆっくり近づいて…。
「ユキ、斗…!」
駆け出して、抱きついた。
「なんで?初雪、まだ降ってないのに…?」
彼は、微笑むだけだった。
「そっか…。やっぱり、中学生の時に言ってたこと、本当だったんだね。」
「え…。あ、あの事か…。もちろんだよ。俺は、初雪が降る日が、分かってここに来た。」
「よかった…」
決まってる。
今の私には、彼の真実はわかる。
でも、私は純粋に、彼の言葉を信じた。
初雪が、空から輝きながら舞い降りてくる。
予測外れの雪は、街を照らして。
遠くで、彼の好きなショパンの曲が、鳴り響いている。
この世界の二つのハーモニーが、私達ふたりを、包み込んでいた。
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