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5限終了のチャイムが鳴ってしばらく経った頃だったと思う。
体育館の扉を開く音が聞こえたと思えば、小走りの足音がこちらへと向かってくる。
一体誰だろう。部活生か、それとも先生か、体育の授業に来たクラスの生徒か。いずれにせよ私が1人でここにいるこの状況は芳しくはない。
あれこれ考えているうちに身を隠す暇もなかった。扉の向こう側でぴたりと足音が止まった。勢いよく音を立てて扉が開く。
「……おった」
息を切らした陽が目の前に姿を見せる。
「なんだ。陽か」
知っている顔を見て、安堵とともに声が漏れた
「なんだやないわ。保健室におるんかと思ったら保健の先生は来てないっていうし、ほんまに……どこにおるかと思った」
上下に動く肩と一緒に、発せられたその声は少し震えていた。
「ごめん」
謝罪の言葉を述べて目を反らす。
手持ち無沙汰になって中断していた手元を動かす。同時に、陽の視線も私の手元に降りてくる。
「ちょっと待って。……何してるん?」
陽が唖然とした表情で言い放つ。駆け寄ってきた陽が私の両手を掴む。
「ちょっと、危ないっ。離してよ」
音を立てて、握っていたカッターナイフが床に落ちた。抵抗しようとしても掴まれた腕はビクともしない。
「凛ちゃん」
陽の透き通る瞳の中に私の顔が映る。もう1人の私がゆらりと揺れた。
「もう、やめようや」
切らした息はもう元に戻っていたのに、声は少し震えていた。
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