エピローグ

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エピローグ

 季節は巡って、また夏がやって来た。  ホームにつり下がった電光掲示板に目を向ける。  電車の到着時刻まであと3分あった。その3分間で少しでもと思い、トートバッグの中から取り出した英語の単語帳を開く。赤シートを使って英単語の意味を確認している最中、drawという単語に手を止める。  半年前、年明けから描けなくなっていた絵。そのトラウマを克服できたときのことを思い出す。  恐る恐る開いたスケッチブックと汗ばむ手で握った鉛筆。描いたのは30秒程度で、ただの国民的キャラクターだった。でも、手の震えも、息苦しさもなかった。その様子を隣で見ていた彼が、私以上に大袈裟なくらいに喜んだ。  絵と向き合う度に、あんなにも出ていた拒絶反応は、その後一度も出ることはなかった。  なぜ急激に良くなったのかはよく分からないが、今振り返ってみると、過去ときちんと向き合って本音を話したことが、事態を好転させたのかもしれないと思っている。
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