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「あー待って。動かんとって」
陽の指が私の左頬に触れる。
触れられたところが急に熱を帯びたみたいに熱くなる。
「これ、ペンキかなぁ。凛ちゃん、顔触った?」
「触ってない。いや、触った……かも」
さっき水を使っている時に、汗を拭ったことを思い出す。
そうか、陽はペンキに反応したのか。
状況は理解できた。けれど、一度早くなった鼓動はなかなか元に戻りそうにない。
「目立つ?」
「んーん、そこまでちゃうけど、洗ったら落ちるかなぁ」
陽の指が頬をなぞる度に、彼が顔を覗き込む度に、心臓が跳ね上がりそうなほどに大きな音を立てる。
真剣に汚れを落としてくれようとしているのは分かる。でもこれは心臓に悪すぎる。
「そこまでじゃないなら、後で自分で落とすからいいよ」
体育館の中で一日中作業をしていた私はたぶん汗臭いだろう。あまり近づいてほしくないし、それ以上にこの状態が続くのはしんどい。
そう思って後退ろうとしたのに、「あーもう。動かんでって言よるやろ」と、彼がさらに距離を詰める。
あまりにも真剣な瞳で私を見るから、目線を落とすので精一杯だった。
――ずるい。
鼓動が伝わってしまうんじゃないかというくらいに感じている恥ずかしさと、私1人がこんなに緊張していることへの悔しさで涙が出そうだった。
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