第1章

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 「なに、準備は滞りなく進んでいるよ。皆働き者だからね。君も来るといい。彼女もその日まではいるのだろう。」  「ですが…」  「誰も気になどしないさ。私が君に来てほしいのだから。」  数年前から、僕は祭りに参加できなくなった。これも、力がなくなりつつある影響だった。主のために働けない僕は、山の上から漏れる光と音で祭りを楽しんでいた。  「そうですね…ありがとうございます。」  「うん。」  満足げに頷く山の神は、持っていた盃を一息に飲み干した。そして何かを思い出したように、ぽんとひとつ、膝を叩く。  「そうだ、知っているかい。思兼という神のこと。」  「おもいかね様…ですか。」  確か、陽の神とも関わりのある天津神の名だ。神々の問題を解決へ導いたという、賢しい存在。天岩戸が開かれたのも、思兼様のお知恵のお陰だといわれている。  「その神が最近、面白いことをしていると噂になっていてね。何でも、神々からの相談ごとに人間の娘を使うらしい。」  「人間の娘…ですか。」  空になった盃に、酒を満たす。僕の酌を受けた山神は饒舌に語る。  「思兼のところへは日々、神々から相談事が持ち込まれる。だがその相談事というのが、人間絡みのものが増えているそうでね。我々の常識では対応しきれなくなり、人間の知恵を使いたいということで、霊力の高い娘を1人巫女として働かせているそうだよ。」  楽しそうに酒を口にする山の神は、意味ありげな視線を投げてよこす。  彼が何を言いたいのか、おおよそ理解はできた。  『天津神でさえ人の子を遣うのだから、お前も人の子と交わることを恐れるな』と。  僕は無意識に視線を逸らした。思い通りにならない心に、悲しみがよみがえる。  神様が本当にいるのか。そんなこと私にはわからない。だけど、そう考えることは好きだった。きっとあの社には守り神様がいて、私たちを見守ってくれている。そう信じていた。  だけど、天災があって。たまたま旅行に出かけていた私だけを残して、家族は皆逝ってしまった。  ひとりになった時は、正直神様を恨んだ。どうして守ってくれなかったのかと。あれほど尽くしてきたのにと。  でも。でも神様がいる。私にとってあの社は、家と同じだった。守り神様は、家族と同じだった。たったひとり残されたと思ったけど、私には守り神様がいる。そう思うと心が安らいだ。
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