第1章

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 だけど、ずっとここにいることもできなかった。務めていた会社も立ちゆかなくなり、ついに倒産した。家族の遺産もあったけれど、この場所には仕事がなかった。そのうち生活も苦しくなる。何とかしなければいけない。そんな時、都会に住む友達が起業することになって手が足りないからと私に声を掛けてくれた。それは、私が憧れていた仕事であった。  家族が生きていたなら何の躊躇いもなく友達の元へ向かっただろう。普段は仕事に懸命に取り組み、お正月やお盆に帰省して家族に会い、地元の友達に会い、守り神様へ会いに行く。そんな生活をしていただろう。だけど、社を守る役割は今、私に受け継がれた。ここを離れることはその役割を放棄することだ。  社に人は来ない。来たとしても土地勘のない旅行者が迷い込むくらいのものだ。  だからきっと、誰にも影響はない。私がその役割を放棄したとしても。  他に選択肢はなかった。ここで友達の申し出を断って、私に何ができる? また一から仕事を探すにしても、この場所を離れなければ見つかりはしない。だったら答えはひとつだ。そう、決まっているのに…。  それなのに迷ってしまうのは、神様の存在を信じているからだ。そして私が、守り神様を必要としているからだ。それもすぐに理解できた。  私は社へ向かった。祖父が、祖母が、父が、母がしていたように、私は社を清めた。そして手を合わせ、祈りをささげた。  これからのことを、守り神様に報告しないわけにはいかなかった。  家族が皆逝ってしまったこと。私ひとりが残ってしまったこと。…ここを、離れること。  私は自分でも気づかないうちに座り込んでいた。喉の奥から声が溢れ、目の奥から涙が溢れ、止められなかった。言葉にできたのは『ごめんなさい』。それ以外に何も形にできなかった。  その時。温かい何かが私を包み込んだ。優しく、柔らかく。だけどしっかりと守られているという安心感。そういう、何か。とても心地よい、何か。  赦された気がした。役割を放棄する私を、守り神様は赦してくれた。そして背中を押してくれた。そう思った。
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