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その時からだった。社へ向かうと温かい気持ちになる。確かにそこに守り神様がいて、私に話しかけてくれている。そう思うようになった。嬉しくていつも笑ってしまうのだけど、正直他の人に見られたら恥ずかしいことだろうと思う。だけど、ここには誰も来ない。私と守り神様しかいない。だから、大丈夫。
社の横に桜の木があった。毎年ここで、家族と花見をするのが楽しみだった。そういえば去年はお父さんが酔っ払っちゃって大変だったな。でも、いつもより陽気になったお父さんはすごく楽しそうだった。お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、みんな笑ってた。そんなことを思い出しながら木を見上げると、葉のない枝に薄紅色が見えた。
その時、私は『懐かしい』と思った。幼い頃に感じた、この暖かい何か。あれは…いつのことだっただろう。
「もうすぐ咲きそう。つぼみが膨らんでいるわ。」
ひとり言が漏れると、そよそよと風がふいた。守り神様が何か答えてくれたみたいで、嬉しかった。
ああ、そうだ。桜だ。幼い頃、この桜の木を見上げている時は期待をしていた。その感覚が、『懐かしい』のだ。
だけどきっとまた期待は裏切られる。でも、それでもいいような気もする。
「それじゃあ、また。」
社を振り返り、頭を下げる。持って来た掃除道具を手に、階段を下りる。
あと何度、こうやって社に来られるだろう。来週の祭りの日が終われば私は友達の住む町へ行く。その時までの日数を数えることは、したくなかった。
だけどきっと、こうして日々を重ねるだけだ。そうしてその日を迎え、その後は忙しさに、寂しいと感じることもなくなる。そう思った。
ただ、一回一回を大切に。そうすることしか私にはできない。
そう、例えこの想いが届かないとしても。
その後も彼は他愛のない話をし、満足して帰って行った。だが僕は、思兼様の巫女として働いているという人間の娘のことを考えていた。その娘には、我々の姿が見えているのか。声を聞き、思いを交わすことが出来るというのか。…あの子の様に。
もう考えるのはよそうと、何度も思う。それなのに想いは溢れとめどなく。だがこの気持ちに行く宛てなどない。届けたかった相手は既に、手の届かないところへ行ってしまったのだから。
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