死朽病

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 しかし、防ぐ手立ても特効薬も治療も見つかっていないこの病魔は、進行を遅らせる事すら手探りのまま、その病棟は患者たちが死を待つだけの生きた墓場でございました。  ええ、まさに墓場と呼ぶにふさわしい場所でございます。  病棟には腐敗してゆく体を抱え、悶え苦しむ患者たちがいるのですから、鏡は一つもありません。  しかし自身の姿がどのように変わっていくのか、他の患者たちがすれ違う度それを示してしまい、みな互いに目を背け、次第に心まで部屋に籠るのが日常なのです。  常に麻酔を打たれなければ崩れる体の痛みに耐えられず、麻酔の利きが悪い患者は泡を吹いて倒れ、轡をつけて凌ぐ姿もありました。  どんなに看護師たちが清潔にしても、腐敗臭に引き寄せられた蝿共が隙あらば卵を産み付けようと、そこら中を飛び回って私たちを監視しているのです。  そして何より、看護師たちが夜遅くに慌てて外に出る気配を感じ、翌日一つ部屋が空くのを見ては、恐怖と同時に憧憬を向けている自分から目を逸らすのに必死でございました。  この病棟から、いいえ、この現実の悪夢から逃げ出す手段を見出すのは容易であると気付いてはいけないのです。  蝿の羽音に脅えながら毎晩それだけを祈り、痛みに耐える明日を迎える準備をするのが死ぬまで続くのです。
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