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嘘偽りの無い返事だった。一つ、邪念があるとすれば、彼の私生活を一目見ようとした事だろうか。どんな家で、どんなものを食べ、どんな環境で生活をしているのか、一人の医師として、人間として、被害者の遺族として興味が湧いていた。
「そんなものは不要だ。あのガキの生活は俺が保証する。戻れ」
保障するとはどういうことか。少年の保護者の代わりを務めている様子もなければこれまで一度も住人と交流を持ったことがない。そんな存在を前に、はいそうですかと引き下がるわけには行かない。
「待ってください、貴方は毎日こうして彼の様子を見に来ているのですか?」
返されたのは煩わしそうに蹙めた顔だけだった。助手席に戻り、私を押しのけるように車体を揺らしながら坂を下って行く。
強引に押し切られ、結局その日を境にあの丘へ近づくことが叶わなくなった。あの時の男が恐らく、寺坂のご主人のいう“それ”だろう。
当時は、少年の親族だと認識していた。少年の母親が本土の人間であれば、あのような異風格の人間が身内にいたとしても何も不思議ではない。自らの身に起こる事を予期し、彼らに少年の養護を依頼していたんだろう。
彼等が裏社会の人間であるという事で、納得できた事が一つだけある。それは少年の母親の事だ。
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