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冷たい風が、不規則に並ぶ民家の間を縫い、頬を撫でていく。島を一望できる高台に聳え立つ、質感も大きさも、刻まれた文字も様々な墓石の数々。柄杓を手に座り込んだ小さな墓石の前、一輪の蒲公英が添えられている。
茎のくたびれた、花の閉じかけの蒲公英。白く滲ませている茎の断面は、つい直前まで地と繋がっていた事を示している。
不思議と、頭の中に一人の人物が浮かび上がった。一人でこの場所に訪れ、小さな手で摘んだこの花を、誰に知られることなく置き去る少年の姿。
右手に抱えていた向日葵の花束。花瓶に移し替え、そっと手に取った蒲公英の花も向日葵の中心に差し込んだ。
娘は、少年をどう想っただろう。少年は、娘をどう想っただろう。
互いの存在をよく知らないまま、何を想いここへ訪れ、花を置いたのか、私にはわからない。
娘は、私の腕の中で死んだ。今まで見てきた死の中で最も残酷で、苦しい最後だった。娘の荒れた心拍毎に腹部から溢れ出る血、私の呼ぶ声に最後まで応えていたのは、きつく閉じられた瞼から流れる涙だけだった。
灰色の石からは、あの太陽のような笑顔も、小さく、でもとても暖かい手の感触も何も感じない。あるのは、僅かに残された魂の欠片だけ。
私の心の支えであり、私のすべての愛を注いだ、最愛の人と、その人との子。人生で得た宝を、二度無くした。これ程までに神に祈った事はない。そしてこれ程までに神を恨んだ事も、ない。
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