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これは幸せ? だがケアテイカーが助手的な立ち位置の僕より厚い信頼を得ていることを初めて知り、少しモヤモヤした。事実僕なんかが下手に動くより、専門職とシステムに任せる方が安心できる。異論を挟む余地はどこにもない。悩むことはない。好んで精神をすり減らすことはない。 ポートでは既に通勤車が待っている。 「ドライバー認証。芦原さんおつかれさまでした。行き先をお聞かせください、または画面から」 「家に帰るよ」 「シートベルトを着用してください」 「着用しなかったら?」 「着用してください」 「わかってるって、それが君の仕事だもんな」 車体が浮き上がる。 「私とおしゃべりしますか?」 「今は誰とも話したくない気分なんだ」 「環境を設定してください」 「そうだったな、ブラームスを、いや朝のブラームスがいけなかった。もっと内省的な、グレツキだ」 自分を戒めるために聴くつもりが、もの悲しい美声に、逃げても逃げなくても不憫なアロイスが思い起こされた。 車は空中の多層式管状道路(チューブ)へ向かって発進する。天空の惑星の軌道のように大きな弧を描き、やがて研究街区から自宅に向けた主要ルートにコネクトされて行く。まるで血管の中を押し出される血液の一部と化して。 研究所のビル外壁は、ガラスの破片をジグソーパズルのように貼り付けた斬新なデザインで、光が多方向に反射し、巨大水晶そのものだと思うほど。陽の残る時間に帰宅する僕には眩しくて目を背けた。     
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