若返るトースター

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 最近、本当に夫が若くなった気がする。朝の短い時間に、ちょっとドキドキしてしまう。昔を思い出して。  夫のいない昼間。私はドキドキしていた。もう何十年も失われていた感情だった。夫への愛。触れ合いたいという気持ち。もうずっと忘れていた。今日の夜、夫と……。そんなことばかり考えていた。トーストを食べないため、『若返るトースター』の効果が及んでいないはずの私の気持ちまで、若くなったような気がする。  夜、私は夫に思いを告げた。 「今日、久しぶりに……しない?」 「……はあ? おやすみ」  夫は全く意に介さないようで、そのまま寝てしまった。  思えば、私は朝の夫しか知らなかった。夜はいつも遅く、夕食を一緒に食べることも稀だ。夫は若くなっていたのだろうか? 朝だけのことだったのだろうか? ただの気まぐれだったのだろうか? 私は若くなっていたのだろうか? 私一人で盛り上がっていただけなのだろうか?  一時の夢を見せてくれた『若返るトースター』だったが、本当のところは効果があったのか全く分からない。私もトーストを食べてみれば分かるのだろうか。夫に訊けば良いだけの話なのかもしれない。しかし、『若返るトースター』の効果で一時的に若返った夫に訊いてみたところで、その時は若返っているのかもしれないが、その後ずっと若返った状態でいられるのかどうかは分からない。  私は考えるのが面倒になった。『若返るトースター』を使うのはやめて、普通のトースターで朝食を作ることにする。定年間近の夫は、今までの無口な夫に戻るだけだ。何も起こらない平凡。この年齢になって、ドキドキを求めるのはお門違いということだ。平凡。定年まで、何も起こらなければ良い。波風が立たなければ良い。  夫が定年を迎えた後、私たちがどうなるのかは分からない。今まで通りなのかもしれない。何かが変わるのかもしれない。それは分からない。少なくとも『若返るトースター』を使うような段階は、とうに超えてしまっているということだ。私たちは、私たちだ。邪魔されたくない。
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