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定年間近の夫は毎朝トーストを食べる。結婚してからこの40年間、変わることのない習慣だった。私は、夫よりも早く起きて、朝食を用意する。これも、変わることのない習慣だった。6枚切りの食パンをトースターにセット。その間に、フライパンに玉子を落として目玉焼きに。レタスを千切って、サラダに。毎朝変わらないメニュー。夫は朝食が出来る少し前に起きてきて、新聞紙を取りに行く。その間に、朝食のセットは完了。夫は席に着いて、新聞紙を広げつつ、無言で朝食を摂る。おいしいとも、まずいとも、夫が何か感想を述べることはない。一度、間違えて8枚切りの食パンを購入してしまい、そのまま食卓に出したことがあった。その時夫は、朝食に手を伸ばすことはなく、出勤した。文句を言うこともなかった。
最近、前とは変えてみたことがある。トースターを新しいものにしたのだ。商品の触れ込みは『若返るトースター』だった。原理は全く不明だが、このトースターを使ってトーストを作って食べると、アンチエイジングに効果があるらしい。私はトーストを食べないので、夫に試している。夫は何も言わず、毎朝トーストを食べる。6枚切りであれば、トースターが違っていても問題はないようだった。
それから二カ月ほど経ったころだった。朝食中に夫が、私に話しかけてきた。
「今日は、なんだか綺麗だね」
「何言ってんのよ」
珍しい朝の夫との会話。悪い気はしなかった。
「シャンプー変えたよね」
「一緒よ」
嘘。実はちょっと高いのにしたの。気が付くとは思わなかった。
「この目玉焼きおいしいね。塩が良い」
「そうかしら」
実は、少し良いお塩を買って、振りかけていた。
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