0人が本棚に入れています
本棚に追加
初稿
「あつかったね」
誰かが言う。
「まだあつくなるぞ」
男はぶっきらぼうに呟いた。
――和釘のつくりかたを知っているか。鉄の角材を火床(ほど)に入れ叩く。頭部のカタチが成るまで金槌で叩く。それが終わればまた加熱。そして今度は先端を尖らせるために叩く。叩く。叩く。
『いたぁい』
声が聞こえる。それにうんざりした様子で「今だけだから」と男は返す。
宗方永治(むなかた・えいじ)は若い和釘職人だ。叔父・叔母と共に小さな工房で働いている。
「どうした永治」
つぶやきに反応した叔父が声をかけてくれる。
「叔父さんには聞こえたか?」
「今言ってたこと?」
「なんと言っていた」
「今だけだから~……であってるかな?」
「『痛い』とは聞いていないか」
「なんだい、永治どっか怪我したのか」
「別に怪我はしていない」
そのまま永治は視線をそらす。叔父も作業に戻るしかない。
「やっぱり永ちゃん、元気ないわね」
「まあ、立ち直るには時間かかるだろうよ」
工房の隅で会話を交わす叔父と叔母の声など永治は気にしない。もっと気にすすべき声が聞こえるから。
『わーい新入りだ』
その声は釘より聞こえる。
『その生誕を祝おう』
永治の頭が狂っているのでなければ。
最初のコメントを投稿しよう!