#5.神槍

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#5.神槍

 よく知る画家が倒れたと聞き、彼は高校の帰りに見舞いに寄ることにした。  その日は、十一月も末の土曜日。部活には出ていても、授業はない。自分の自由に行動できる。彼は部員たちと話し合い、独り学校から出た。  何となく青白い空に雲はない。どこか遠い太陽が、孤独に光を放っている。  だがそのわずかな暖かさも、冷たい風に吹き散らされてしまう。地上を満たすには、初冬の陽差しは非力に過ぎる。  黒い詰襟の学生服の上にコートを着込んだ彼は、鞄と果物篭とを提げて、閑静な住宅街を行く。  寒風が軒端を吹き抜けるこの住宅街は、古い家が多い。一軒一軒の間や庭は大きく取ってあって、ゆったりとした余裕が感じられる。  向かい風に逆らう様にして路地を行く彼は、やがて目指す家の脇に出た。  山茶花の生け垣に囲まれた、平屋立ての一軒家だ。大きさから言えば、この家は住宅街の中では小さい方に入る。  しかし生け垣の葉の濃緑と、その上にぽつぽつ匂う淡紅色の花の対比が、つましくも美しい。この住宅街にあっても、一際落ち着いた佇いの家だ。  彼は何気なく山茶花の花を数えながら、生け垣に沿って、何度かお邪魔したことのある家の正面へと回った。     
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