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「ただいまぁ」
妻は、これだと思ったように、私と行くと言う事を捨てて楽しそうに台所から玄関へ駆け出していった。
「育夫~お帰り~」
暫く2人、玄関の方で何か話していた。その言葉の間に妻の「お父さんたらねぇ」と言ってる声が聞こえてた。
「親父、ただいま」
「おぅ、お帰り」
「あなた、私ね、育夫と買いに行ってきますね」
「育夫は今帰ってきたばかりだろう~」
育夫は笑いながら
「良いよ親父、明日は俺の友達の為に母さん得意のチラシ作ってくれるんだし、友達も母さんのチラシ楽しみにしてるしさ」
「ほらね、どこかの誰かさんみたいに紅生姜くらい何て育夫は言わないんですよ~ 」
「ハイハイ、すまんな、育夫」
「母さん、荷物置いてくるね」
育夫は、そう言うと軽い足取りで2階に行った。
「あなたのチラシには紅生姜入れて上げませんからねぇ」
「何で~買 っ て くるんだろう」
2階に上がる育夫の笑い声が聞こえた。
自分の部屋に荷物を置いてきた育夫が降りてくると、
妻は私と買い物に行く時には見せない溢れるような笑顔を見せて
「じゃあ、あなた行ってきますね、大人しく待っててね」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
私は少し頼もしく感じてきた息子の背中と、楽しそうに息子の後から財布を手にして着いていった妻を玄関で見送った。
テレビにも見飽きた頃
「遅いなぁ、又、アイツは育夫とのデートで時間忘れてるな(笑)」
と、考えて1人呆れた笑いを浮かべた時に
「あなた~ただいまぁ」
と妻の如何にも楽しかった~と言ってるような元気な声が響き、その後に似たような声が笑いを含みながら
「親父~ただいまぁ」
と、続いた。
又、妻の息子とのデートの自慢話が始まるな・・・と、その声の後、玄関からダイニングの入り口まで賑(にぎ)やかな2人の足音が続いてきた。
何時ものように妻のお喋りの声、育夫の、うん、うん、と相づちを打つ声も聞こえてた。
テレビのスイッチを切って立ち上がると同時に、今迄、我が家では感じた事の無い静けさが漂(ただよ)った。
「んっ?」
その初めての不思議な感覚に耳を済ませると、今迄聞こえていた廊下の妻と息子の声が聞こえなかった。
余りの静けさに自分の耳が可笑しく成ったのだろうと耳をほじりながら
「お~い、母さん、耳掻き何処だったかなぁ」
と、廊下に向かって歩き出した。
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