1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
帰省・第1話
気が付いたら、そのアパートは小高い丘の上に在った。
何時からなのか、子供の頃に見たと言う記憶はハッキリと残っている。
学校帰り友達と遊びすぎて影法師が自分の身長の倍程に長くなって、赤い夕日を背にしたアパートを見上げると、何故か怖いと思った。何が怖かったのかと聞かれるとハッキリとした言葉はない。
何時もは普通に聞こえたカラスの鳴き声もそのアパートを背景に聞くと、幼い私は知らず知らずに駆け足で家に向かっていた。
それが何時から記憶から無くなったのかは覚えていない。
いつの間にかアパートは私の記憶から消えていた。
私は母の33回忌の法事で故郷に帰ってきていた。
その頃の私は自宅に閉じ隠る生活をしていた。
妻は賑やかな事が好きな性格で、笑い声の絶えない家庭だった。
息子も妻の、そんな遺伝子を受け継いだと見えて友人が多く、良く友達が集まる場所として我が家は本当に笑い声の絶えない家だった。
昨年の暮れ、台所でたった今買い物から帰ってきて、品物を仕訳していた妻が急に大声をあげた。
テレビを見ていた私は、その妻の叫び声で驚き思わずソファーから立ち上がった。
「ど、どうしたんだ!」
「あなた~ゴメ~ン、紅生姜買い忘れちゃった~!」
「ハァ~、そんな事かぁ、脅かすなよぉ、紅生姜くらい明日又買いに行けば良いだろう~」
「ダメよぉ~、明日は育夫の友達が来るから、ご飯の準備しなきゃあ、買い物に行ってる暇なんか無いんですよぉ~」
「あぁ~だったら私が買 っ て 来てやるよ」
「それもダメ~あなた、変な物買 っ て くるんだもの~」
「何だぁ、変な物って、人が親切に買 っ て きてやるって言ってるのに!」
私はテレビを見ながら妻と、そんな、他愛も無いやり取りをしていた。
「あらっ、あなた、何時もでしょう~買い物頼んだら、メモにちゃんと書いて渡しても違う物を買 っ て くるじゃないの~」
妻の言い分を背中で聞きながら半分言えてるな、と納得しながら
「紅生姜位無くても大丈夫だろう」
「ダメですよぉ、あなただって食べながら何時も言ってるじゃないの、この料理は紅生姜が決めてだなぁって」
良く細かい事まで覚えてるなぁ、と思っていると玄関の開く音が聞こえた。
2話へ
最初のコメントを投稿しよう!