第1章 夢と恋情

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どうして会いに来てくれたんだろう? 違う違う、図書館に用があったのかも? どんな本を読むのだろうか と言うより、なんて話しかければ… 上の空で上段に本を戻そうとしたら、スッと後ろから手が伸びてきた。 葵の手に触れるか触れないかで、本を掠め取り棚に戻してくれる。 (後ろにいる!) 背中に心臓が移動したみたいに、全神経が背後に集中する。 「昨日の…」 うつむく葵の背中に要が話しかける。 「葵さんの中にいる誰かって、どんな人ですか?」 (どんなって…) 思い浮かぶ姿はすでに一人で、声も瞳も目をつぶるだけで鮮明に浮かぶ。 何て言っているかわからないけど、呼ばれている気がする。 伝えるべきか… 伝えてドン引きされたら? 怖い…満琉さんの、あの目を思い出す。 見透かされているような、あの目。 だけど、逃げたらいけない。 きっと今逃げたら、すごく後悔する。 一呼吸ついて、ゆっくり振り返る。 心配そうに見下ろす要の瞳。 「私の中の誰かは…」 口を開くと声が震えた。 ひどく長い時間に思えた。 ミシッと、木が軋む音が頭上から聞こえ、葵が見上げるより早く要が葵の体を引き寄せた。 覆うように抱えこまれ、床に座り込む。 木の割れる音が響き、雨のように本が降ってきた。 頭を両手で抱え込んで身構えることしかできなかった。 倒れた?!まさか!! 本棚は耐震工事の際に天井に固定されている。 そんな容易く倒れるものじゃないのに… 倒れた本棚が隣の本棚にもたれる形で止まる。 舞い散る埃と、周囲の絶叫、そして床に滴る赤い血… (私、じゃない…まさか) 打ち付けた腰と本がぶつかったらしい足が痛むくらいで、他は全く痛めてない。 要がとっさに覆いかぶさり庇ってくれた。
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